拝啓 小室哲哉様
判決
「懲役3年 執行猶予5年」
裁判が終了し刑が確定したので僕の想いを伝えたいと思います。
1996年、2月のある日某ホテルに向かってくれと会社の指示に従うままホテルの指示された部屋を訪ねるとそこに哲哉さん、あなたがいました。
僕の指示された仕事は「小室さんを車に乗せて安全に軽井沢のスタジオに連れていってくれ」だけでした。
1994年に音楽業界に運良く転職できた僕は現場で何度か人気プロデューサーである「小室哲哉」に会う事はあるものの打ち上げでの盛り上げ部隊として先頭切ってバカになって酔っぱらうくらいで、一緒に仕事をしたことはありませんでした。
東京から2時間も走ったらついてしまう静かな軽井沢のスタジオに何事もなく届けて僕の仕事は終わり、、、、のはずでした。
「一緒にご飯食べてから帰れば?」っと誘われるまま3月末日に「globe」の1stアルバムのリリースが決定しているのにその日2月末日でシングル以外のアルバム楽曲が全くできていないという恐ろしい状況を知るのにはご飯を食べてる時間だけで十分でした。
「僕のマネージャーが決まりました!」っと哲哉氏、、、、
「あらっ、、、こんな大変な状況でマネージャーいないのか?」といぶかしく思うも「誰なんだろう??」と興味津々、、、
次の瞬間、興味津々から最悪の恐怖のどん底に落ちていくのでした、、、、
「僕のマネージャーは伊東君です!」
「?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!?!」
その日から自宅に帰る事はなくなり、僕の哲哉さんとの2年半が始まったのです。
本当に地獄のような天国のような自分ではジャッジ出来ないめちゃくちゃな日々でした。
だからほとんど写真がありません、、、、
いろんな事学びました、数少ないいくつかの紹介できる写真ありましたので紹介します

「IS THIS LOVE」という曲で初めてPV撮影をするのでアメリカグランドキャニオンの岩の上で。
![200905292307000[1].jpg](http://tearbridge.com/tbpcafe/staffs/blog/images/2009/05/200905292307000%5B1%5D.jpg)
私も、、、

今もそうですが、いつもピアノ弾いてました、、、、これはロスの自宅にて。

KEIKOのマネージャーだった阿久津も一緒に修行の身だったなぁ(ロス市警のロン長谷川氏(左)らと)

こんな事も、、、

マークのマネージャーだった五味ちゃんもね、、、

TKファミリーで台湾にコンサートで行ったとき空港から荷物運んでるのに次の日の現地の朝刊には一面で「小室初来台湾!」なんて間違えて掲載されたり、、、(写真小室さんじゃなく俺ね、、、)

これは嬉しかった事だけど「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に小室さんとともに秋本先生に描いてもらったりね、、、(左の小さなオトコのTシャツにITO ITO ITOとわかるように書いてくれて、、、)
「神業!10日間で作り上げた1stアルバムが売上日本記録更新!」
「アメリカ ロサンゼルスでの生活のはじまり」
「TKファミリーアジア合同ライブ」
「日本初4大ドームツアー」
もっともっと話したい事いっぱいあります、、、、、
1996年〜1997年、この時代、この時間、この2年半の経験がなかったら今の僕はいません。
たった2年半と思う人もいるかもしれません、でも誰も経験出来る事のない2年半でした。
音楽を生み出す素晴らしさ、制作におけるマーケティングの重要さ、一曲入魂の姿勢、そしてファンを驚かそうとするエンタテインメントへの探究心、、、、本当に濃い素晴らしい2年半でした。
松浦社長、千葉副社長という素晴らしい経営者と共にエイベックスは成長してきましたが、小室哲哉氏がいなければ今の我々の会社は存在しなかったと思います。
そして、、、、
2009年5月11日判決が言い渡され、5月26日刑が確定しました。
「有罪」
哲哉さん
もう一度、音楽やりましょう
もう一度、真剣に音楽やりましょう
もう一度、「小室哲哉」を待っています。










